JR東海のリニア建設を巡る水問題とは

JR東海による水収支解析等に関する質問主意書

出典:Wikipedia

提出議員 : 阿部 知子

最高時速500kmで東京―大阪を1時間7分で結ぶ「リニア中央新幹線」は、 2027年に東京―名古屋間、2037年には大阪までの開通を予定している総工費9兆円のビッグプロジェクトだ。

このリニア中央新幹線の工事に対して静岡県が「大井川の水量が減る」として対策を求めていることは、マスコミでも大きく取り上げられている。

また、新型コロナウィルスの影響で建設主体のJR東海が大きく業績を悪化させいていることや、テレワークの普及でそもそも人の東西移動の必要性が低下するのではなど、計画の実現や意義に対する疑問の声も聞かれる。

このような問題を問う阿部知子議員の質問に、政府はどう答えたのかを見ていこう。


質問の背景―リニア中央新幹線工事の大井川の水収支(ウォーターバランス)への影響

海岸線から遠く離れた列島中央部を通るリニア中央新幹線は、静岡県の北端をかすめるように通過する計画になっている。県北部の東西に隣接する山梨県と長野県には駅が予定されているが、静岡県内には予定されていない。

静岡県にとってリニア中央新幹線はいわば他所事で、県も大きな関心を示していなかった。しかし、静岡県北端の南アルプスは大井川の源流部分にあたり、トンネル工事の先進坑の掘削時に湧水量がJR東海の想定を大きく上回ったことから、「大井川の流水量が想定を超えて減少するリスクがある」と静岡県が工事に難色を示したのだ。

国はこの問題の解決のために「リニア中央新幹線静岡工区 有識者会議」を設けることを提案し、2020年4月~8月に5回の会議が開催された。

今回の阿部知子議員(立憲民主党)による質問は、この問題に対する政府の見解を問うと共に、コロナ禍でJR東海が大きく業績を低下させる中で、リニア中央新幹線の計画自体の見直しの必要性についても、国の認識を追求した。


有識者会議で大井川の水収支は科学的に検証されているのか?

有識者会議の主な論点は「トンネル湧水の全量の大井川表流水への戻し方」と「トンネルによる大井川中下流域の地下水の影響」の2つである。

まずはこの点に関して、国土交通省は有識者会議を「科学的・工学的」な議論とすることを目指しているのかについて、阿部議員は質問をした。

答弁: リニア中央新幹線静岡工区有識者会議は、静岡県とJR東海との議論が必ずしもかみ合っていないため、リニア中央新幹線の早期実現とその建設工事に伴う水資源や南アルプスの自然環境への影響の回避・軽減を同時に進めていくため、科学的・工学的な議論を行うべく立ち上げた会議である。

この質問と答弁は、有識者会議が、科学的・工学的な議論な議論の場であることを確認するものだ。


静岡県が有識者会議に要望する「中立公正」は確保されているか

静岡県は有識者会議への参加にあたり、会議の全面公開、委員選定の中立公正などの5項目を要望している。その3項目目では、「会議の目的は国土交通省によるJR東海への指導とすること」と「JR東海に対してデータ等に基づく適切かつわかりやすい説明を促すこと」を要望している。

質問では、これらの要望が確保されているか、明らかにすることを求めている。

答弁: 政府としては、2020年1月30日に静岡県から要望された御指摘の「5事項」は、いずれも確保しているものと考えている。

静岡県の要望の趣旨はもちろん、国がJR東海寄りの会議運営をすることを危ぶんでそれにクギを刺すことにある。質問では「それぞれについて」明らかにすることを求めているが、政府は「いずれも確保しているものと考えている」とまとめてあっさりと答えている。


JR東海が工事にあたって提出した環境影響評価書に隠ぺいがあったのではないか

2020年7月16日の第4回有識者会議で、JR東海は工事によって「南アルプス国立公園の特別保護地区及び特別地域内の地下水位が300メートル以上低下する」という解析結果を提出した。これに対して、静岡県は「環境影響書に記されていない解析結果であり、初めて目にした数字だ」と反発した。

質問では、「このような重要な水収支解析が、環境影響評価書に示されていなかったことについては、環境影響評価法に照らしてどのような問題があると考えるか」を問い、さらに「環境影響評価書が公開され、そこに十分な情報が記載され、客観的な検証が可能になっていることが重要」ではないかと、政府の認識を問うた。

答弁: 環境影響評価法は、土地の形状の変更を行う事業者が、事業の実施に当たりあらかじめ環境への影響について自ら調査、予測と評価を行い、その結果に基づき環境の保全について適正に配慮する手続を行うことを求めている。「お尋ねの中央新幹線(東京都・名古屋市間)についても、事業者であるJR東海において、同法に基づき適正な手続が行われたものと考えている。」

質問と答えの間にかなりズレがあるのは、政府が指摘された環境影響評価書に対する疑問点に具体的には答えずに、法の趣旨を述べてJR東海は「同法に基づき適正な手続が行われたものと考えている」と答えるにとどめているからである。


水収支解析という難問にともなう不確実性をどうすれば良いのか

有識者会議が科学的、工学的な議論の場でなければならないことは、国、JR東海、静岡県の三者の共通認識であるとしても、問題は水収支を工事前に正確に解析することの困難さだ。

解析数値は、あくまで設定したモデルによる推定値であり、モデルや仮定が異なれば結果も異なってくる。事実、静岡県は、地下水位の低下を別のモデルで解析した結果「断層に沿って地下水位が低下しており、JR東海のモデルとは明らかに解析結果が異なる」としている。

議員は、この点について指摘したうえで次のように質問している。

質問:「計算結果の信頼度については不確実性が高い」と指摘されていることに鑑み、有識者会議を設置した国土交通省として、どのようにすれば有識者会議が「科学的・工学的な議論の場」となると考えるか、見解を明らかにされたい。

答弁:お尋ねの趣旨が必ずしも明らかではないが、リニア中央新幹線静岡工区有識者会議には、水循環や地下水、トンネル工学等の分野について高い専門性や深い造詣を持っている専門家が参加しており、政府としては、科学的・工学的な議論がなされているものと考えている。

ここでも質問と答弁は明らかに噛み合っていない。噛み合わない理由は、質問が「どのようにすれば良いのでしょう?」という丸投げになっているからだろう。計算結果の信頼度の不確実性などの難問を「どうしたら良いのか」と問われても、国会答弁としては「お尋ねの趣旨が必ずしも明らかではないが」という常套文句でかわすしかないのかもしれない。


新型コロナウィルスで「巨大経済圏」の構想を見直す必要はないのか

テレワークの普及など、新型コロナウィルスによる社会情勢や経済状況の変化が生じている。この観点から、東京―大阪を約1時間で結ぶスーパー・メガリージョン(超巨大経済圏)を形成しようとするリニア中央新幹線計画も見直す必要があるのではないか、というのが次の質問だ。

答弁: 御指摘の「社会情勢や経済状況の変化の観点」の具体的に意味するところが必ずしも明らかではないが、「スーパー・メガリージョン構想」は、スーパー・メガリージョンの形成による効果を全国に拡大させ、新たな成長を目指す構想であり、テレワークの普及等によってもその意義が失われるものではないため、当該構想の見直しを行うことは考えていない。

答弁の通りテレワークの普及が直ちにリニア中央新幹線の意義を失わせるとは言えないだろう。しかしこの機会に、そもそもスーパー・メガリージョン構想やリニア中央新幹線の意義とは何かを、私たち国民がもう一度考えてみることが必要ではないだろうか。

有識者会議の論点である「トンネル湧水の全量の大井川表流水への戻し方」と「トンネルによる大井川中下流域の地下水の影響」は、質問で取り上げられた科学的検証の難しさの他に「その対策にいくら金と時間がかかるのか」という現実的な問題がある。

JR東海の金子慎社長は第1回の有識者会議で「あまりに高い要求を課して、それが達成できなければ、中央新幹線の着工も認められないというのは、法律の趣旨に反する扱いなのではないかと考えているものです」と述べて、静岡県の反発を買った。

この発言に対して赤羽一嘉国土交通大臣は「有識者会議の場には必ずしもそぐわない発言であった」と遺憾の意を示し、鉄道局長から金子社長に対して注意と指導をしたことを明らかにした。

確かに、有識者会議の場にはふさわしくない発言で、初回の会議でこのような「本音」を洩らすJR東海のガードの甘さにも驚くが、「科学的・工学的」検証だけでも問題は解決しないのも事実だ。やはりどこかに政治的落としどころを求めることが必要になるだろう。


@ichi369

2020/11/26

動き出した政策やプロジェクトを止めるのは容易ではない、ということは想像できるが、環境問題が発生したときに、元の状態に戻すことの方が容易ではないことを肝に銘じて、中央新幹線の必要性について改めて議論してもらいたい。

 詳細情報

質問主意書名 :JR東海による水収支解析等に関する質問主意書 
提出先 :衆議院
提出国会回次 :202
提出番号 :26
提出日 :2020年9月16日
転送日 :2020年9月18日
答弁書受領日 :2020年10月2日

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