渋谷区でのLINEによる住民票の交付にみるオンラインでの本人確認リスク(簡単解説)

地方自治体におけるLINEによる住民票の写し等の交付に関する質問主意書

出典:渋谷区のLINEアカウント

提出議員 : 丸山 穂高

東京都渋谷区が新たにスタートさせた「LINEでの本人確認による住民票の送付」に対して、総務省は電子署名を用いないこの方法が、セキュリティの観点、住民基本台帳法の観点から問題があると難色を示しています。総務省のこの対応に対して、LINEを使った行政手続きの受付サービスを運営するBot Expressは、「中央集権的で時代に合わない規制がイノベーションを阻害している」として東京地裁に提訴しました。

政府が推進するIT化の中で生じた、国と地方自治体のこのような不協和音は、今後私たちの生活にどのような影響をおよぼす可能性があるのでしょうか?

質問主意書と答弁書を見ていくに従い、各種手続きに応じ求められる本人確認の方法に統一性がなく、自治体や企業がサービスを行う際の足かせになっている印象すら受けます。

2020年10月30日に丸山穂高衆議院議員(N国)が提出した質問書と政府の答弁から、この問題を探ってみることにしましよう。

何が問題なの? 電子署名が必要か否か

総務省は、LINEによる本人確認の方法に「電子署名」が用いられていないとして、改善を求めています。
LINEの本人確認は、請求者の容貌を異なる角度から2枚撮影し、それと顔写真のついた本人確認書類の写真データをAIシステムと職員により確認する、独自の顔認証システムで行われます。
LINEの方法は、セキュリティーが高そうに思いますが、総務省は「電子署名」を定めた下記法律に基づいて、あくまでも電子署名の利用を求めているのです。

総務省関係法令に係る情報通信技術を活用した行政の推進等に関する法律施行規則(主務省令)
第4条 申請等を行う者は、入力する事項についての情報に電子署名を行い、当該電子署名を行った者を確認するために必要な事項を証する電子証明書と併せてこれを送信しなければならない。

しかし、この条文には以下の例外規定があるため、LINEの本人確認も認められる余地がありそうです。

ただし、行政機関等の指定する方法により当該申請等を行ったものを確認するための措置を講ずる場合は、この限りではない。

しかし、総務省は次の通知を技術的助言として都道府県と市区町村に通知し、あくまでも電子署名を求めているのです。

電子情報処理組織を使用して本人から住民票の写しの交付請求を受け付ける場合の取扱いに係る質疑応答について(通知)
答2 住民票の写しの交付については、なりすまし等不当な手段による交付請求が行われることにより個人情報が漏洩することを防ぐため、(中略)主務省令第4条第2項ただし書の規定は適用されない。

この通知に自治体への強制力があるのかを丸山議員は質問し、「義務はないが必要はある」という難解な答弁を引き出して?います。

質問
地方自治法第245条の4第1項に基づく「技術的助言」に、地方自治体は、法令上従う義務はあるか。

答弁
法律上これに従うべき義務を負うものではないが、住民基本台帳法第3条第1項及び第12条第3項並びに主務省令第4条第2項の規定に基づいた適正な事務を行う必要がある。

住民基本台帳法
第3条第1項 市町村長は、常に、住民基本台帳を整備し、住民に関する正確な記録が行われるように努めるとともに、住民に関する記録の管理が適正に行われるように必要な措置を講ずるよう努めなければならない。
第12条第3項 第一項の規定による請求(住民票の写しの交付請求)をする場合において、現に請求の任に当たつている者は、市町村長に対し、個人番号カード(番号利用法第二条第七項に規定する個人番号カードをいう。以下同じ。)を提示する方法その他の総務省令で定める方法により、当該請求の任に当たつている者が本人であることを明らかにしなければならない。

通知自体が、LINEのサービス開始(4月1日)の僅か2日後(4月3日)に行われていることや、この難解な答弁を見るに、総務省も対応に苦慮している様子がうかがえます。 総務省が、住民基本台帳に言及するのは、個人番号カードいわゆるマイナンバーカードが国の政策の柱だからでしょう。 LINEも総務省の通知の結果かは分かりませんが、電子署名を用いた認証を可能にすると発表しています。マイナンバーカードを用いたい電子署名があれば、総務省にも異論はないのでしょう。

質問
LINEは、2020年9月24日、今後マイナンバーカードを用いた公的個人認証サービス(JPKI)による認証の対応を可能にすると発表した。住民票の写しの交付請求において、(中略)LINE上で、マイナンバーカードの電子証明書により本人確認を行う場合には、法律上問題は生じないか。

答弁
オンラインによる住民票の写しの交付請求については、2020年年4月3日に総務省から各都道府県に対して通知した内容に沿ったものであれば法律上の問題は生じないものと考えている。

なお、電子署名に関しては、手続きが面倒だという声が聞かれます。
電子署名の利用には、利用者が認証サービス事業者に書類を提出し、電子証明書の入った電子ファイルを発行してもらうことが必要です。このような手続きは、企業ならともかく、個人にとっては煩雑との印象を与えるのではないでしょうか。
2001年に施行された「電子署名法」はもう古い、指摘する識者もいるようです。


LINEの本人確認方法はそれほど脆弱なのか

ではLINEの本人確認はそれほど問題があるのでしょうか。丸山議員は、住民票の写しの請求を郵便で行う場合と、LINEによる場合とを比較して質問しています。

質問
LINEによる住民票請求は、郵送による場合と比べ、本人確認書類の顔写真との照合を行う点で、改ざん、なりすましの可能性が低いのではないか。

答弁
民間事業者が提供するサービスによるもので、郵送による場合と比べた「改ざん、なりすましの可能性」についてお答えすることは差し控えたい。

この他政府は、郵便による交付請求により個人情報が漏洩した事例などについても、「網羅的に把握していない」として、実質上のゼロ答弁に終始しています。


住民票以外の交付請求ではどうしているのか?

それでは、住民票以外の証明書をオンライン上で請求する場合はどのようになっているのでしょうか。LINEでは、住民票以外にも、以下の証明書の交付請求が可能です。

  • 課税(非課税)証明書
  • 所得証明書
  • 納税証明書

これらの交付請求については総務省からの「助言」はありません。そもそも、これらの証明書の交付請求の根拠法である地方税法には、厳密な本人確認を求める規定が存在していません。 議員はこの点についても質問をしていますが、歯切れの悪い答弁が続きます。

質問
課税(非課税)証明書、所得証明書、納税証明書にも個人情報が記載されている。それにも係らず、交付請求時に厳格な本人確認を法律で求めないのは何故か。
これら証明書のLINEによる交付請求に総務省からの通知はないが、不正手段による交付請求は行われないと考えているのか。

答弁
地方税法第20条の10の規定「地方団体の徴収金(中略)についての証明書の交付を請求する者があるときは、その者に関するものに限り、これを交付しなければならない」に基づき、各地方団体において適切に対応するべきと考えている。
総務省の通知は、オンラインによる住民票の写しの交付請求について、市町村からの問合せがあったことを踏まえて、電子署名による厳格な本人確認を行う必要がある旨を通知・周知することとしたものである。

答弁を見る限り、住民票の写しの交付は住民基本台帳法に本人確認の方法が規定されているが、地方税法には「納税者本人にのみ交付する」と規定するだけで、確認方法については規定がないからだと政府は言いたいのでしょう。

つまり政府は、安全かどうかではなく、現在の法律がどう定めているかに基づく対応をしたわけです。これを当然と見るか、杓子定規と見るかは意見の分かれるところでしょうが、ここにも行政サービスのデジタル化と現行法の齟齬または乖離の問題があると言えます。


自治体の独自性と国の政策とのバンランスをとるには

見てきたように、今回のやりとりは自治体が民間企業と共同して企画したサービスについて、国(総務省)が「待った」をかけた訳です。 それでは、そもそも住民サービスについて、自治体の独自性はどの程度認められているのでしょうか。 議員の主張によれば、その根拠は地方自治法に見て取れます。

地方自治法 第1条の2 第2項
(前略)住民に身近な行政はできる限り地方公共団体にゆだねることを基本として、地方公共団体との間で適切に役割を分担するとともに、地方公共団体に関する制度の策定及び施策の実施に当たって、地方公共団体の自主性及び自立性が十分に発揮されるようにしなければならない。

この条文に触れた上で、議員は以下のように質問しています。

質問
国による地方への過剰な介入は、自治体の創意工夫や活力を奪う危険性がある。(中略)このような、各自治体の努力による多様なサービスの提供の在り方は、地方自治法の趣旨に鑑みても可能な限り認められるべきではないか。

これに対し政府は、住民基本台帳法を持ち出し、議員の主張を否定しています。

答弁
渋谷区のオンラインによる住民票の写しの交付請求を受け付ける手法は、住民基本台帳法及び主務省令上、求められている本人確認を行ったものとはいえず問題があると考えており、(中略)必要な指導は、御指摘の「国による地方への過剰な介入」には当たらない。

今回のやり取りは、どのような行政手続きに対してどの程度の本人確認を求めるかが、整理されていないことが問題ではないでしょうか。 渋谷区の前にLINEによる住民票の申請の実証実験を市千葉県市川市が行った際(2019年6月26日)、当時の平井国務大臣主席のもとで行われた、懇談会にこの様な指摘があったそうです。 最後にこの点についてのやり取りを紹介します。

質問
懇談会の議事概要によれば、「どの手続きに対しどの程度の本人確認が必要か、手う続きを行う上での整理とガイドラインの作成が必要」等の意見があったとのことだが、政府として何らかの対応を行ったのか。

答弁
政府においては、オンラインでの本人確認に対する考え方および周防をまとめたガイドライン「行政手続におけるオンラインによる本人確認の手法に関するガイドライン」を定め(2019年2月)関係者への周知を図っている。

ガイドラインには、地方自治や市区町村といった言葉が出てこないことから、国と自治体の役割の境界線に関する指針などは含まれていないようです。


国は現在、社会のIT化は積極的に推進すべき課題だとして、さまざまな取組みを行っています。企業に対しては、2025年までのDX(デジタル・トランスフォーメーション)の実現が、国際競争に勝つために必須だと号令をかけ、住民サービスの面でも、マイナンバーカードの普及を軸に、行政サービスの省力化と迅速化を実現することを目指しています。

その様な中で、渋谷区はいわば先陣を切って住民サービのIT化をスタートさせたところ、意外にもIT化推進を担う総務省から「適法性に問題あり」とクレームが付いた、というのが今回の出来事です。

そして総務省の説明は、一貫して自治体の自由度を縛っているように見えます。確かに、国レベルでの効率化を実現する為には、各自治体のサービスを揃える必要があります。国の政策の中心にはマイナンバーカードがある為、今回みてきたように、LINEによる住民票の申請にもマイナンバーを利用した本人認証を求めているのでしょう。

国主導のIT化の中で、地方自治体の独自性をどのように実現するのか、その為にあるべき国と地方の関係はどのようなものなのかといった議員の疑問に対して丁寧な答弁を期待するのは果たして高望みなのでしょうか。


@restog

2021/02/01

何もLINEを使わなくても良いような気がする。今回のケースであれば、渋谷区のホームページを活用するなど、利便性と安全性を兼ね備えた方法を取るべきではないか。 しかし、人々が気軽に行政サービスを受けられる環境が作られつつあるのは良いと思う。

@rolling893

2021/01/19

実行する前に関係法令を調べて政府とも調整していればもっと軟着陸できた問題だと思う。新しいことを始めるのと古い仕組みを修正するのは同時にしないともめる。

@ichi369

2021/01/17

LINEは乗っ取り事案が多数報告されているため、セキュリティに関しては問題があると思う。政府はIT化を掲げながら、具体的にどのように推進するのか全く見えない。国民の多くが求めているIT化に対して、それぞれに課題を抱えているので、ホワイトハッカーの育成など、具体的な推進策を考えてもらいたい。

@TONOさん3号

2021/01/17

LINEはいまいち信用できないのですがIT化は進めるべきだと思います。 紙も印鑑も文化的には残したいという思いもありますが手続きは簡素化して行って欲しいと思います。 法律が後追いになるのはやむを得ないのですが追いかけては欲しいですね。

@だるばーど

2021/01/15

日本はIT化が遅れているので、よく使う公的書類の取り扱いがもっと楽になるように行政が積極的に電子化を推進してほしいです。出る杭を打つのではなく、自治体と国の政策のギャップを解消できるよう法整備を急ぐべきだと思います。

@もも

2021/01/15

LINEでの本人確認による住民票の送付、とても便利そうなので成功してほしい取り組みです。国の言い分も分からなくはないですが、現在の日本では必要書類の取り寄せにあまりにも手間が掛かりすぎている気がするので、今後はどんどん簡素化しないと無駄が多くなる一方だと思います。

 詳細情報

質問主意書名 :地方自治体におけるLINEによる住民票の写し等の交付に関する質問主意書 
提出先 :衆議院
提出国会回次 :203
提出番号 :6
提出日 :2020年10月30日
転送日 :2020年11月9日
答弁書受領日 :2020年11月13日

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