日本学術会議が推薦した会員の一部の任命を拒否した菅総理の対応は、文化国家日本にふさわしい行為なのか

菅義偉内閣総理大臣が「日本学術会議」が推薦した会員候補百五名のうち、六名の任命を見送ったことに関する質問主意書

出典:Wikipedia

提出議員 : 鈴木 宗男

菅総理が日本学術会議が推薦した会員候補105名のうち6名の任命を見送ったことが問題視されている。

1949年に日本学術会議が設立されてから初めての事態なので「なぜ?」という疑問が起きるのは当然だ。

日本維新の会の鈴木宗男議員は、政治の透明性にも関わるこの問題について、19項目の質問主意書を提出し、菅総理が2020年11月20日に答弁書を参議院に送付した。

その質問と答弁のやり取りを追いながら、この問題の論点がどこにあるのかを考えてみたい。

日本学術会議とはなにか

菅総理の「任命見送り」がマスコミの問題になったときに、私たちの頭に浮かんだのは「ところで日本学術会議とは何なのか」ということだ。先ずこの点を確認しておこう。

日本学術会議は、210人の会員と約2,000人の連携会員で構成される政府の独立機関だ。内閣府に属し、会員は特別公務員という立場になる。会員の任期は6年、半数の105人が3年ごとに新たに任命される。

日本学術会議の役割は次の4つとされている。

  • 政府に対する政策提言
  • 国際的な活動
  • 科学者間ネットワークの構築
  • 科学の役割についての世論啓発

ちなみに2020年には 、次の2つを含む68の提言が行なわれ、その内容は日本学術会議の公式サイトに公表されている。

  • 「性的マイノリティの権利保障をめざして(Ⅱ)―トランスジェンダーの尊厳を保障するための法整備に向けて―」
  • 「我が国における移植医療と再生医療の発展と普及」

日本学術会議の活動のために年間約10億円の国家予算が充てられているが、そのうち4億3千万円が人件費、つまり特別公務員である会員と連携会員の給与である。


日本学術会議の独立性と「内閣総理大臣が任命する」の関係は?

鈴木議員の質問のうち日本学術会議の会員数や予算などの確認の項目を除き、「任命見送り」の問題に関しての質問と菅総理の回答を見てみよう。

質問
日本学術会議は内閣総理大臣が所轄する内閣府の特別機関であり、政府が介入することは当然であると考えるが、政府はどの様に考えているのか。

答弁
お尋ねの趣旨が必ずしも明らかではないが、日本学術会議は内閣総理大臣が所轄する特別の機関であり、独立してその職務を行なうとされている。

会員は日本学術会議からの推薦に基づいて、内閣総理大臣が任命するとされている。

「お尋ねの趣旨が必ずしも明らかではないが」という常套句は、鈴木議員の「政府が介入するのは当然」という表現に直接答えるのを避けたものだろう。

今回問題になっているのは、政府の回答にもある「独立してその職務を行なう」と「内閣総理大臣が任命する」の関係である。

質問
6名の任命見送りを「学問の自由の侵害」と批判する学者がいる。日本共産党の志位和夫委員長は「基本的人権の侵害」とまで述べている。 私は、「任命の是非」と「学問の自由」や「基本的人権」はまったくの別問題だと考えるが、政府の見解はどうか。

また、立憲民主党の枝野幸男代表は憲法が「天皇は、国会の指名に基づいて、内閣総理大臣を任命する」と規定していることを取り上げて「学術会議の任命に総理による実質判断の余地を認めたら、内閣総理大臣の任命についても、陛下による実質判断の余地が生じてしまう」と述べている。 私はこれもまったく別の話だと考えるが、菅総理はどう考えているのか。

答弁
お尋ねの趣旨が必ずしも明らかではないが、(中略)この任命は憲法第15条第1項により公務員の選定が、国民固有の権利であるとされていることからすれば、当該推薦を充分に尊重すべきことを前提としつつも、必ず当該推薦の通り任命しなければならないわけではない。

議論に「表現の自由」と「基本的人権」を持ち出すと、どんな論争も決着がつかない。野党がこれらを持ち出すのは、国民の政府に対する印象を悪くするためのパフォーマンスではないだろうか。

同様に、天皇の総理大臣任命と、総理の日本学術会議会員の任命を同一視するのは、鈴木議員の言うとおり「的確ではない」と言わざるを得ない。

今回問題になっているのは一般的に「任命」が何を意味するかではなく、日本学術会議が推薦する会員を総理が任命するに際して、任命の拒否を含む「実質判断」をすることが、はたして適切なのか否かではないだろうか。


中曽根康弘元総理と菅義偉総理の対応は、どちらが「日本にふさわしい」のか?

1983年5月12日の参議院文教委員会で中曽根康弘総理は、任命は「学会あるいは学術集団から推薦に基づいて行なわれるので、政府が行なうのは形式的任命に過ぎません」と述べている。

同年11月24日には同委員会で、丹波兵助総理府総務長官が「学会の方から推薦していただいた者は拒否しない、そのとおり形だけの任命をしていく」とまで述べている。

つまり、今回の菅総理の「任命見送り」は、明らかにこれまでの任命についての政府解釈を変更するものである。

鈴木議員はこの変更に関して、「内閣府所轄である以上、これまで形式的に任命してきたことこそが無責任であり、悪しき慣習であって、見直していく必要があるのではないか」と質問している。

これに対して菅総理は、「学問の自由」や「基本的人権」についての質問とひとまとめに、「当該推薦を充分に尊重すべきことを前提としつつも、必ず当該推薦の通り任命しなければならないわけではないと考えている」と答弁した。


形式的判断は無責任なのか

そもそも、任命についての「形式的判断」は、鈴木議員の言うように「無責任」なのだろうか? むしろ「形式的判断」こそが近代国家日本にふさわしい任命の仕方ではないのか。

日本学術会議が発足したのは、第二次世界大戦が終わった1945年の4年後である。その設立の目的が、今後はさまざまな学問の成果を広く政府の施策に取り入れて、日本の平和と繁栄に役立てることだったのは明らかだろう。

中曽根元総理の「形式的任命」は、その根底に日本学術会議が正しく機能していることへの信頼がある。

それに対して菅総理の「任命見送り」は、日本学術会議に対する不信感がからきた行為というべきだろう。

事実、この問題の渦中で自民党内には日本学術会議のあり方を見直すべきだという声が出てきた訳だ。


日本学術会議のあり方と任命問題は別問題

本来、日本学術会議のあり方は、任命問題とは別に議論されるべきだろう。

不満があるからといって、軽々に前例を破って任命に「実質判断」を加え、その理由を示さないというのは、文化国家日本の総理大臣の行為としては「大人げない」というべきではないか。

任命を見送られた5人は、憲法学、行政法学、刑事法学などの専門家である。政府は任命見送りの理由を「人事に関することだから」として明かにしていない。この任命拒否に「政府の意に沿わない人物は排除しよう」という政治的意図があったと見られるのは当然だ。

そもそも、政府は推薦された学者・研究者一人ひとりの学問的業績を判断する能力を持っていない。日本の学問の水準はそんなプリミティブなものではないのだ。

日本学術会議のあり方や会員推薦が既成の人脈に偏っていないかなどの問題はあるにしても、政府は推薦された会員をそのまま任命するのが適切な対応と言える。


任命拒否は前政権で決まっていた?

さらに、今回の会員任命は、菅内閣が発足した9月16日のわずか半月後である。菅総理自身が従来の「形式的任命」を見直すのに十分な時間があったとは思えない。そこに安倍元総理の意図が働いていたと見るのは当然だ。

総理が交代したからといって政府の方針に一貫性があって悪いわけではない。日本学術会議の推薦会員の任命拒否は、小さいように見えて実は日本の文化国家としての格に関わる問題である。

新政権がこれまでの前例を、「踏襲しない」という判断をするのに、今回はふさわしいタイミングとは言えないのではないだろうか。


@もも

2021/06/18

個人的には、税金を使っている組織なのであれば、形式的任命が無責任だという鈴木議員の意見にはとても同意します。現状だとどういう理由で5人が任命を見送られたのか断定することは出来ないと思うので、世間に向けてもっと情報をオープンにしていって欲しいなと思います

@ichi369

2020/12/07

政府が日本学術会議に対して、懐疑的になっていることは明らかだが、任命見送りという慣例を踏襲しない形で問題定義することは、学術会議やマスコミ、国民の反発を反発を招いて当然のことだ。学術会議が多額の既得権益を得ながら、政府の方針に反する提言をすることで、国民の不利益になっているのなら、真正面からその問題を糾弾すべきだったと思う。

@rolling893

2020/12/07

鈴木宗男議員の質問内容は理にかなっていると思いますが、この記事を書かれた人が変に穿った見方をされていますね。質問主意書は支持しますがこの記事は支持しません。 本件に限らず政府が何でもかんでも「必ずしも趣旨がわからない」と前置きするのは不誠実に感じます。

@TONOさん3号

2020/12/06

任命権が内閣にあるのは自然です。説明はしてもよいと思うが特にするべきとも思わない。学術会議側がなんか変な団体だなと思う。 学問の自由とかを謳うのであれば税金は不要、我々で賄う。我々で高めていくと何故言わないのか不思議でならない。 税金が入るということは何らかの意図が入って来るということです。

 詳細情報

質問主意書名 :菅義偉内閣総理大臣が「日本学術会議」が推薦した会員候補百五名のうち、六名の任命を見送ったことに関する質問主意書 
提出先 :参議院
提出国会回次 :203
提出番号 :12
提出日 :2020年11月11日
転送日 :2020年11月16日
答弁書受領日 :2020年11月20日

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