ALPS処理水の海洋放出に注目が集まる中で、興味深い国会質疑が行われた。
立憲民主党の阿部知子議員の質問主意書によると、ALPS処理水の環境放出に向けた議論を、相も変わらず経産省がお手盛りで進めようとしているようだ。 海洋放出を不安視する声は国内外に存在する。だからこそ、幅広い分野から関係者が集まり徹底した議論をするべきだが、実態はどうも違うようだ。
問題になっているのは、ALPS処理水を環境(つまり海洋)に放出する際の基準をどう設定するかである。特にトリチウムの放出を巡っては、ALPS処理水の放出時の基準が定まらない状態が続いている。 このような課題こそ、多くの関係者を集めて徹底した議論が不可欠にも思えるだが。
そもそもALPS処理水(多核種除去設備により汚染水から62種の放射線物質が取り除かれた後の処理水)を環境放出するとしても、どの基準に従って放出するのかにより環境に与える影響は当然異なってくる。だからこそ基準を明確にすることが問われるが、東京電力と原子力規制庁は放出基準について共通した認識をもっているのだろうか。
まず、ALPS処理水の環境放出に際しては、処理水に含まれるそれぞれの放射性核種の濃度を、各核種の告示濃度で割ったものを足し合わせた値である「告示濃度限度比総和」を「1未満」とすることが東京電力から発表されている。
質問
東京電力によれば、ALPS処理水の環境放出前には「2次処理(ALPS或いは逆浸透膜装置により再度行う浄化処理のこと)」を行い、「告示濃度限度比総和」(以下、告示比総和)」を1未満にするとのことである。また、「告示比総和」は「炭素14」の寄与も考慮するとしている(2019年6月17日)が、原子力規制庁も同様の認識を有しているのか。
答弁
東京電力が示した考えは、原子力規制委員会の審査の対象となる手続き(ALPS処理水の取扱いに係わる実施計画の変更の認可の申請)に至っていない。実施計画の変更の認可の申請書を提出すれば、原子力規制委員会において審査する。
質問と答弁の取りをみる限り、「炭素14」の取扱について原子力規制庁は東電の発表に距離を置いており、「炭素14」がどのように取り扱われるのかは残念ながらはっきりしていない。
実際、東京電力の公表(2020年3月24日)内容によれば、「公示比総和」へは66種の核種が考慮されている一方で、前年6月に考慮するとしていた「炭素14」は未だに考慮されていない。ただし次のやり取りをみる限り、「炭素14」については、東京電力が「公示比総和」へ考慮するとしたことを原子力規制庁も認識している。
そこで問題になるのが、トリチウムである。原子力規制庁はトリチウムについてはALPS処理水の2次処理には含まれないと明言している一方で、トリチウムを含むALPS処理水の具体的な取扱についてはまだ定まっていないとしている。しかも残念ながら、取扱の決め方は決してオープンな方法と呼べるものではない様だ。
質問
公示比総和には「炭素14」を考慮するというのが、原子力規制庁の認識ではなかったのか。そもそも公示比総和には、「炭素14」に加えて「トリチウム」も考慮するべきであり、経産省は「炭素14」と「トリチウム」の双方を「公示比総和」に考慮した上で、ご「意見を伺う場」や「意見の募集」を開催するべきだ。
更に、その様な場を開く際は、出席者を同省選出の関係者に限定せず、東京電力と公募参加者も含め、かつ双方向の質疑を行う方式で開催するべきではないか。
答弁
「炭素14」について東京電力が(ALPS処理水の放出前の公示比総和に)考慮するとしたことは、原子力規制庁でも把握している。しかし、トリチウムはALPSによって取り除くことができない為、ALPS処理水の2次処理には含まれない。
ALPS処理水の取り扱いについては、広く全国から意見を聞くために書面での意見募集を行い、報告書を踏まえ地元自治体や農林水産業者を始めとした幅広い関係者から意見を聞いてゆきたい。
次に、ALPS処理水を環境に放出する際に、「公示比総和」以外にどのような基準が問題になるのかを確認してみよう。
東京電力は、福島第1原発の敷地境界(瓦礫や汚染水などによる)における実効線量を2013年3月末までに年1ミリシーベルト未満に減らすことを、原子力規制委員会より求められている。ちなみに東京電力が実際にそれを実現できたのは2016年3月であった。
敷地境界の実効線量は、廃棄物の種類により許容される線量が細かく規定されており、液体廃棄物は年0.22ミリシーベルトまでとされている。なおここで言う液体廃棄物とは、主に地下水バイパスとサブドレインを合わせたものだ。
そうすると、ALPS処理水を環境に放出する場合、公示比総和1未満という基準に加え、液体廃棄物(ALPS処理水も当然これに含まれるのであろう)による実効線量を年0.22ミリシーベルトに抑えるという2つの基準をクリアする必要があるようにも思える。
具体的に問題になるのはやはりトリチウムで、ALPS処理水に含まれるトリチウムの量が、液体廃棄物に含まれるトリチウムの量を定めた基準(水1リットル中1500ベクレル)に従うのかどうか、今一つはっきりしない(東電はあくまでも、上記基準を参考にするとしか述べていない為)。
答弁
敷地境界における実効線量基準(年1ミリシーベルト未満)は、ALPS処理水の処分にも当てはまる。
液体廃棄物の排水に起因する実効線量を年0.22ミリシーベルト以内とすることは、敷地内でくみ上げた地下水などの排出時の実効線量の基準を東京電力が定めたものであり、ALPS処理水の処理に関する基準ではない。
このように答弁では、敷地境界線での実効線量についてはALPS処理水についても当てはまるとしつつも、液体廃棄物の廃水に関する基準は、ALPS処理水には当てはまらないとしている。トリチウムの排出を水1リットル中1500ベクレルとした基準は、あくまでも液体廃棄物の廃水のことで、それがALPS処理水に当てはまる訳ではないらしい。
2022年の夏ごろにはALPS処理水の貯蔵場所が足りなくなる為、ALPS処理水の処理方法については早急に決める必要がある。その中でトリチウムの取扱が焦点になる訳だが、その基準はまだ定まっていない。
原子力規制庁は、自ら選定した関係者の意見を求めるだけで、東京電力や公募による参加者を含めた双方向の質疑には消極的の様だ。答弁にあるように「広く全国から意見を聴く」のであれば、書面での意見募集という形だけの方法をとるのではなく、様々な関係者が出席する場でオープンな議論を行うべきだろう。それが国民の理解を得る唯一の方法である感じるのだが。
@westman
2020/10/14
とにかく議論が分かりづらい。答弁内容も読み手に分かりやすい内容を伝えようという意思を感じない。分かりにくい内容を分かりやすく伝えることも官僚の仕事ではないのか。
@kimuu
2020/08/11
トリチウムの半減期は12.3年と放射性物質の中では比較的早い。60年保管し続ければ97%が消えるからこそ、海洋流出するのではなく貯蔵し続ける方法を取るべきなのではないか。
質問主意書名 : | ALPS処理水の濃度に考慮されていない核種があることに関する質問主意書 |
提出先 : | 衆議院 |
提出国会回次 : | 201 |
提出番号 : | 213 |
提出日 : | 2020年5月28日 |
転送日 : | 2020年6月3日 |
答弁書受領日 : | 2020年6月9日 |