安倍前首相の事務所による、桜を見る会前日の夕食会費用の一部負担疑惑について、菅義偉首相は「捜査機関の活動内容に関わるので答えを差し控える」との答弁を衆参両院の予算委員会で繰り返しました。
菅首相が答弁を差し控える傾向が強いことは、他のメディアでも報道されています。
この問題について、立憲民主党の小西洋之参議院議員は、菅首相が答弁を拒否する法的根拠を質問しています。同時に、答弁拒否により政府の説明責任が果たされなくなること、国会の知る権利である国政調査権が過度に制限されていることを問題視しています。
政府は答弁について、プライバシーの問題や、捜査・公判に重大な支障がある場合は、答弁を差し控えることができると主張しています。
ご存知のように国政調査権も万能ではなく、政府の主張する様に一定の制限を受けることもあるでしょう。では、国政調査権と答弁拒否はどこで折り合いをつけられるのでしょうか。そして、「桜を見る会」の問題において、その折り合いは果たして妥当なのでしょうか。
小西議員の質問と答弁を紹介しながら分かり易く解説します。
2020年11月25日の衆参両院の予算委員会で、安倍前首相の事務所による桜を見る会前日の夕食会費用の一部負担の疑惑に関する質疑が行われました。
その際に、菅義偉首相が繰り返したのが、「答えを差し控えたい」との答弁でした。その際の理由は、捜査機関の活動内容に関わる事柄だからというものでした。
この点について、小西議員は質問主意書で以下の質問をしています。
質問
菅総理が答弁を差し控える根拠は何か。
答弁
答弁で捜査活動に関する事項に触れると、名誉やプライバシーの観点から問題がある。
更に、捜査や公判に重大な支障を及ぼす危険性があり、刑事訴訟法第47条等の趣旨も踏まえ答弁を差し控えた。
刑事訴訟法47条
訴訟に関する書類は、公判の開廷前には、これを公にしてはならない。
但し、公益上の必要その他の事由があって、相当と認められる場合は、この限りでない。
ここで政府が言及しているのが、プライバシーの観点、捜査等への重大な支障の有無そして、刑事訴訟法の3つです。しかし、夕食会に関する答弁が、どのようにプライバシーに抵触するのか、また答弁がどのような重大な支障を捜査に与えるのかが全く触れられていません。
では、3つの主張について、どのようなことが問題になりうるのかを、簡単に見ていくことにしましょう。
小西議員は、答弁拒否がもたらす政府の説明責任と国政調査権の関係について続けて質問をしています。
質問
捜査活動に関することを理由に答弁を控えることと、説明責任や国政調査権との関係をどう考えているのか。答弁を拒否する法的根拠や正当性をどう考えるのか。
答弁
大臣は国会で誠実に答弁する責任がある。国政調査権は憲法第62条に規定されており、適正に行使されるよう政府は最大限の協力をすべきである。しかし、合理的な理由がある場合には、答弁を差し控えることもできる。
日本国憲法第62条
両議院は、各々国政に関する調査を行い、これに関して、証人の出頭及び証言並びに記録の提出を要求することができる。
ここで問題となるのが、政府が答弁を差し控えられる「合理的な理由」は何かという点です。 政府の答弁の流れをみると、捜査・公判への重大な支障や刑事訴訟法第47条の趣旨をもって、合理的な理由としています。
確かに、捜査等への重大な支障がある場合は、国政調査権を制限することもあり得るでしょう。ただし刑事訴訟法第47条によれば「公益上の必要等があり、相当と認められる場合」は「公判の前でも訴訟に関する記録を公にできる」とあります。 つまり公益上必要な場合は、国政調査権を優先する訳ですので、政府の答弁は桜を見る会の夕食会費用の問題について答弁することが、公益ではないと言っているように聞こえてしまいます。
政府は、答弁を差し控える理由としてプライバシー権も主張しています。
プライバシー権は法律上の定義を持たず、判例によって認められてきている権利です。 一般的に、捜査に関する事項は、深く個人のプライバシーにかかわるものなので、国政調査権によっても侵害できないと考えることができるでしょう。
しかし、私人であればプライバシー権の侵害となる場合であっても、対象が公人の場合は、プライバシー権の侵害にあたらない場合があるという考え方もあります。例えば、「公共性がある事実」、「公益を目的とする」、「事実との証明がある」と認められる場合です。
また、答弁を差し控えることは、国民への説明責任の問題にも関わります。国民は、重要な事項を知らされていなければ、主権者として正しく行動することができず、説明責任が果たされないことは、国民の知る権利が保障されないことになり、公益の侵害につながるでしょう。 そうであれば、公人への質問であれば、プライバシー権は縮減しますし、国民への説明責任も重要であるので、答弁を差し控えずに説明するべきだと考える余地が生まれるのではないでしょうか。
政府によれば、捜査活動にかかわる答弁をすると、今後の捜査や公判に重大な支障を生む危険があるとのことです。 確かに、状況によっては重大な支障を生む場合もあると思いますが、この点については、ロッキード事件調査に関する小野明参議院議員の質問主意書に対する、1976年5月14日の政府答弁が参考になります。
政府の当時の答弁は、「国政調査権を尊重し、政府当局者の国会答弁等により、捜査に支障のない範囲で協力していく」旨のものでした。 今回の答弁は、「国政調査活動に最大限の協力をすべき」と述べてはいますが、「合理的な理由があれば、答弁を差し控えることもできる」との消極的な結論で終わっています。
今回も、国政調査活動への積極的な協力姿勢があってもよかったよう感じます。
国会での答弁が、捜査中の事件の証拠隠滅や逃亡につながり捜査活動に重大な支障を生じてはもともこもありません。しかし、刑事責任を追及する捜査活動と、国会での答弁は本来性質が異なるのではないでしょうか。
国会での誠実な答弁は、国民や国会への説明責任を果たし、国民が誤りのない知識を持って行動していくための前提条件です。まさに、公益上の必要性が高いといえます。 また、捜査情報はプライバシー権に触れる情報も含みますが、国会議員等の公人のプライバシー権は私人よりも制限されるとの考えもあります。 このことから、公人に関する質問については、捜査中の事件に関係することであっても、一概に、答弁を差し控えることに合理性があるとは言い難いのではないでしょうか。
「答弁を差し控える」と言って切り捨てるのではなく、捜査活動への重大な影響につながらず、公人としてのプライバシー権に抵触しない範囲で、可能な限り答弁していくという姿勢があってもいいと感じます。
近年の国会では、IR汚職問題の秋元議員や、選挙違反問題の河井議員夫妻などいくつかの議員が同様の理由で説明責任を果たさずにいます。捜査活動が行われているからこそ、自らの言葉で説明することが国民からは求められているのではないでしょうか。
そのような国会議員に規範を示す意味でも、総理大臣が答弁を避けずに説明することが期待されます。
参考リンク
@もも
2021/06/09
最近は、気まずい答えをごまかすために答弁差し控えを使っている例が多いと思います。記事の文中にもありましたが、可能な限り答弁していくという姿勢を持ってほしいです。もしくは、答弁差し控えの妥当性について、法などに基づいて判断する役職があってもいいのではないかなと思います。
@ichi369
2021/04/06
国会で議論することと、捜査により明らかにすることは、明確に線引きしてもらいたい。国会では国民のために利益になることに時間を使うべきであって、野党がパフォーマンス的に大臣を追及する場ではないと思う。本当に事実を明らかにしたいのであれば、捜査の権限を強化して、国会とは別にやって欲しい。
@TONOさん3号
2021/03/08
総理の会食に関する今回の答弁がそれにあたるかは置いておくとして、基本公人だろうが誰だろうがプライバシーはあるしそれを守る権利もあると思います。 質問、答弁の環境が日本はよろしくない。揚げ足取りだとかどうでもよいことを繰り返し問う姿勢はどうなのだろうと思う。 マスコミも質問者(主に野党だが)ももう少し民の利を考えた唸るような質問をして欲しい。
@rolling893
2021/02/05
公人のプライバシーは一般人と同等ではない。また首相としての会食は私事ではないですよね。はぐらかしてばかりいるから支持率が下がる。
質問主意書名 : | 安倍前総理後援会主催夕食会への差額負担疑惑報道関連質疑に対する菅総理答弁に関する質問主意書 |
提出先 : | 参議院 |
提出国会回次 : | 203 |
提出番号 : | 42 |
提出日 : | 2020年12月4日 |
転送日 : | 2020年12月4日 |
答弁書受領日 : | 2020年12月15日 |